東京地方裁判所 昭和37年(ワ)11709号 判決
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〔判決理由〕……総合すれば、次の各事実が認められる。
(1) 被告会社は営業部員との間にその販売活動に関し会社の定めた定型による契約を結んでおり、原告との間の契約もその例にもれず、前記契約書第一三条の条項も営業部員が歩合金受給権の獲得を急ぐあまり履行の不確実な契約を結ぶことを戒め、かつ各営業部員間の利害の調節を図るために設けられた各営業部員との契約に共通の条項であること。
(2) 右のような条項が定められた理由は次のような点にあること。すなわち、右条項に定める納入予定日から三カ月を経過しても機械が納入されないという事態が生ずるのはほとんどとすべて買主側の事情によるものであり、かような契約は買主側において納品受理に至らないいわゆる履行の不確実な契約とみられる――けだし、納入予定日とは被告会社が受注した機械につき客先の希望納期に従い納入準備を整え(本件機械のように輸入品については輸入手続をし、通関完了の上)、具体的に納入すべき機械を特定した上で定められるものであるから、通常客先に受領の意思があれば納入可能な状態にあるものであるのであつて、かような履行の不確実な契約は結局売買が履行に至らないで終わることもあり、注文どおり納入を実現するためには、実際問題としてさらに客先との折衝を要する等通例の納入の場合と異なりかなりの努力を要することも少なくない。それ故かような契約については納入予定日から一定の時期を画してこれを整理する必要があり、また担当営業部員に対する販売歩合の支給に関し一定期間内に納入されたものとの間に差異を設ける理由も存すること。
(3) もつとも、右のような不確実な契約であつても、結局納入に至れば実害を生ぜず会社の利益となるわけであるが、一方被告会社の営業部員の販売活動については担当区域が定められており、販売活動がその区域内に制限される反面その区域内における販売活動は他の営業部員との関係において保護され、例えば当該区域において他の営業部員が販売に成功しても販売歩合金は当該区域の担当者に支給されるというような定めがなされ、さらに納入後六カ月以内に機械が担当区域外に移動した場合には、担当営業部員は歩合金の一部を返還すべきことも定め、前記の定めを潜脱することを防止しようとしていること。かような販売区域内の営業活動の保護の点から、売買契約の成立後機械の納入前に人事異動等により当該区域の担当者に変更があつた場合、新旧両担当者間の利害の調整の問題が生ずる。旧担当者の利益の保護を厚くして販売歩合金の受給権につきなんらの制約を設けないとすれば、新担当者は当該区域内に馴染みが薄いため区域更変当座は歩合金収入が減少することが考えられる上、被告会社の商品はかなり高価な機械が多く、かような機械については販売範囲もある程度制限されるため、旧担当者が転出前当該区域内の目ぼしい客先との間で、必ずしも納入の受理が確実でなくても一応の見込によつて注文を受け、会社に対し成約の報告をしているような場合には、新担当者が活動を開始しても、目ぼしい客先は既に受注ずみとなつているという事態も起こりうること。従つて被告会社としては営業部員間で競争の起こり勝ちなことを考慮し部員相互の間の利益の調節が必要であり、この場合新担当者をある程度保護する配慮が必要となること。
右に認定した事実によれば、納入見込の乏しい受注の内部的整理と新担当者の保護のために、納入に関し期間の制限を設けて旧担当者の販売歩合金の支給につき不利益を負わせることは理由のないことではなく、新旧担当者の利害の調整の上から必要ともいえると考えられる。
かように前記条項は現実には新旧担当者の利害の調整の機能をもつものであるから、納入予定日から三カ月経過した後に納入された場合であつても、契約時と納入時の担当者に変更がなければ、そのまま当該担当者に所定の販売歩合金を支給することにしても弊害は生じないものというべく、<証拠>によれば、右のような場合被告会社は現に当該販売担当者に販売報告書を再提出させる等の方法により所定の歩合金を支給しており、被告会社には現実に機械の納入があつた限り、前記条項に基づき販売歩合金の支払を免れこれによつて利益をえようという意図はなく、右条項は要するにいずれの担当者に歩合金を給するかという点に関する規定として機能していることが認められる。(ちなみに、本件原告の販売にかかる一八台の機械については、当事者間に争いのない販売時、納入予定日及び納入時並びに原告の退社時よりすれば、後任担当者との間の利害の対立を生ずべき場合であり、前記の扱いにより旧担当者に販売歩合金が支給される場合にあたらず前記条項がそのまま適用される事例にあたることが明らかである。)
以上の点から考えると右の条項は営業部員の犠牲において会社が利益を受けるというような規定でもなく、原告主張のようになんらの根拠なく営業部員に不利益を与えるものだとはいえず、また契約当事者においてこれを拘束される意思がないものとも解し難い。なお、原告は、被告会社の営業部員は客先との間に売買契約を成立させるためにいわゆる交際費として多額の支出をしているのに、前記条項はこれを無に帰せしめるこにになり、立場の弱い営業部員に甚だしく不利益なものであると主張するところ、証人菅幸雄及び原告本人の各供述によれば、被告会社は営業部員の交際費として各課毎にその実績に従い販売額の〇・五パーセントを支給しているが、現実に営業部員の支出する交際費はこれを相当上廻るものであることが認められる。しかし、前掲各証拠によれば、被告会社の販売する機械は高価なものが多く、営業部員の受ける報酬はかなり高い水準にあるものと認められること、また右歩合金は一種の成功報酬たる性質を有するもので、これを取得するための交際費を会社から与えられる額以上にどの程度支出するかは各人の判断と自らの危険においてなすべきものと考えられ、さらに前記条項は履行の不確実な契約に関するものであることをも合わせ考えると右原告主張の点から、前記条項を不当なものと断ずることもできない。(安岡満彦)